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カスハラ対策にAIをどう活かす?VOC活動へのつなげ方も紹介

作成者: 藤井直樹|2026/02/27 0:00:00

 

カスハラ(カスタマーハラスメント)は、現場の疲弊や離職、対応品質のばらつきを引き起こし、サービス全体の質を下げる深刻な課題です。一方で、対策を“現場の頑張り”に依存すると、対応の記録が残らず再発防止も回りません。そこで注目されているのがAIです。通話やチャット内容の記録の自動化、カスハラの兆候検知、傾向分析によって、カスハラ対策を「運用できる改善サイクル」に変えていけます。

ただし、AIに任せきりにするのは危険です。重要なお客様の声(VOC)をカスハラとして処理してしまうと、炎上や機会損失につながりかねません。
本記事では、カスハラ対策におけるAIの役割を確認したうえで、AIでできることと人が担うべきことを整理します。さらに、カスハラ対策をVOC活動へと接続し、コンタクトセンター全体で改善を進めるための運用設計の考え方を解説します。

カスハラとは、顧客の言動のうち、暴言や脅迫、人格を否定する発言、過度な補償要求など、企業や従業員に対して社会通念上相当な範囲を超える迷惑行為を指します。重要なのは、正当なクレームや改善要望とは区別し「著しい迷惑行為」として整理することです。

正当な要求かどうかを判断するうえでは、以下の観点が参考になります。

  • 要求内容が事実に基づいているか

  • 要求の内容が社会通念上相当な範囲に収まっているか

  • 従業員の人格や尊厳を侵害していないか

商品やサービスに不備があった場合の改善要求は、企業にとって貴重なVOC(Voice of Customer:顧客の声)です。しかし、同じ改善要求であっても、長時間にわたる拘束や威圧的な言動を伴う場合には、従業員の就業環境を損なう恐れがあり、迷惑行為として整理すべきケースもあります。

企業の顧客対応の現場では、以下のような行為がカスハラの典型例として挙げられます。

  • 大声での威圧、暴言、脅迫

  • 必要な説明や確認を終えた後も続く長時間の拘束

  • 社会通念上相当な範囲を超えた補償要求

  • 担当者の人格や能力を否定する発言

  • 同様の要求や苦情を繰り返し連絡する行為

ただし実際には、カスハラだと判断できる場合もありますが、「どこからがカスハラか判断が難しい」グレーなケースも少なくありません。

カスハラ対策を進めるうえで課題となるのは、正当なクレームとカスハラの境界が曖昧なケースです。担当者の主観に依存して判断してしまうと、対応にばらつきが生じ、組織としての一貫性を保ちにくくなります。

そのため、カスハラの判断基準を明文化し、カスハラに該当する通話ログや対応履歴を記録・蓄積しておくことが重要です。カスハラ対策は単なる現場対応の問題ではなく、組織としての定義づけとデータ整備から始まります。その土台を整えることが、AIを活用した高度なリスク管理やVOC分析へとつながっていきます。

コールセンターにおけるVOC分析の重要性については「コールセンターのVOC分析方法|顧客満足度を高める分析の基盤とは」をご覧ください。

カスハラを個別事象として処理し続け、組織的な対策を講じないまま放置すると、「従業員の離職」と「対応品質の劣化」を招きます。結果として、“正当な問い合わせを行う顧客”の体験にまで悪影響が及んでしまいます。
カスハラが「顧客対応の現場」「運用」「経営」のそれぞれに及ぼす悪影響を確認しましょう。

暴言や威圧的な言動に日常的にさらされる環境では、担当者の心理的負荷が蓄積しやすくなります。対応が属人化している場合、特定の担当者に負荷が集中し、不公平感や疲弊感が強まることもあるでしょう。
その結果、離職や異動希望の増加につながり、採用や再教育のコストが増大します。経験者が抜けることで対応力が一時的に低下し、さらに現場負荷が高まるという悪循環が生じるケースもあります。

カスハラへの対応方針が明確でない場合、担当者ごとに判断が分かれ、対応品質にばらつきが生じます。「どこまで対応すべきか」「いつ管理者に引き継ぐべきか」といった基準も曖昧となり、エスカレーションが遅れ、問題が長期化することもあります。
また、過度に慎重な対応や過剰な譲歩が常態化すると、本来必要のない対応工数が増え、他のお客様の対応時間が圧迫されます。その結果、待ち時間の増加や説明不足といった形で、二次的なクレームを招くこともあります。

カスハラへの対応を誤ると、SNSでの拡散や炎上につながるリスクがあります。対応の記録が不十分な場合、事実関係の説明が難しくなり、企業側の信頼が損なわれる恐れもあります。また、従業員保護の観点で適切な対策が講じられていない場合、労務問題や安全配慮義務に関する責任が問われるケースも想定されます。これは単なる現場課題ではなく、経営リスクとして整理すべきテーマです。
さらに見落とせないのが、改善機会の損失です。カスハラと判断される事案の中には、待ち時間の長さや説明不足、手続きの煩雑さといった「改善につなげるべき不満(VOC)」が含まれている場合があります。これらを「迷惑行為」として切り分けるだけでは、サービス改善のヒントまで失いかねません。


放置すると、炎上や法的リスクが高まる恐れがあり、本来であれば競争力向上につながるはずの改善機会を手放すことにもなりかねません。結果として、ブランド価値の毀損や中長期的な顧客離れという形で経営に影響が及ぶ可能性があります。

昨今注目されているAIは、カスハラ対策にも有効な手段の一つと考えられます。AIはカスハラの検知・記録・分類・可視化を自動化し、対策の“継続運用”の負担を軽くします。
具体的には、次のような領域を自動化します。

音声認識やテキスト解析を活用することで、暴言や威圧的な表現、特定のNGワード、過度な要求などの兆候を検知できます。一定の条件に該当した場合、管理者へ通知する仕組みを整えれば、事態が深刻化する前に介入しやすくなるでしょう。
これにより、長時間拘束や心理的負荷の増大を未然に抑えられる可能性があります。

通話やチャット内容を自動でテキスト化し、要点を抽出することで、対応内容を効率的に記録できます。これにより、担当者の記録負担を軽減しつつ、客観的な証拠を残すことが可能になります。
記録があれば、対応の妥当性を振り返ることができ、万一のトラブル時にも事実関係を確認しやすくなります。属人的なメモや記憶に頼らない体制づくりが、組織的な対策の前提となります。

蓄積されたデータをもとに、発生件数や時間帯、商材ごとの傾向などを集計・分析できます。これにより、「どの場面で」「どのような内容が」「どの程度発生しているのか」を客観的に把握でき、感覚的な印象ではなく、データに基づいて対策の優先順位を決められるようになります。ルールの見直しやWebサイトのFAQ改善、エスカレーション基準の見直しといった再発防止策も、より具体的に検討しやすくなるでしょう。

実際の対応記録をもとに、カスハラの典型的なケースや判断が難しかった事例を教材化することも可能です。匿名化・適切な加工を行ったうえでロールプレイや研修に活用すれば、抽象的な注意喚起ではなく、具体的な場面を想定した学習が行えます。
実データに基づいたトレーニングは、机上の説明に比べて状況を具体的にイメージしやすく、対応の標準化にもつながります。結果として、判断のばらつきを抑え、現場全体の対応力を底上げしやすくなります。

現場の教育を有効化する取り組みとしてはナレッジマネジメントの考え方も重要です。ナレッジ活用を定着させる仕組みづくりについては「コールセンターのナレッジマネジメントとは?成功のポイントを解説」をご覧ください。

AIを活用することで、カスハラ対応を「その場しのぎの個別対応」から「再発防止まで回る運用」へと変えていくことができます。とくに日々多くの顧客接点を抱えるコンタクトセンターにおいては、従業員保護と顧客体験の両立を現実的に進める手段となります。

コンタクトセンターでは、電話・チャット・メールなど複数チャネルでの応対が同時並行で発生します。強い言動への対応が長時間に及ぶと、現場全体の稼働にも影響します。
AIによる兆候検知やアラート通知があれば、管理者が早期に状況を把握し、介入や交代判断を行いやすくなります。その結果、長時間拘束や心理的負荷の軽減につながり、離職リスクの抑制にも寄与します。

AIによって通話やチャットの内容を自動で要約・記録・分類することで、引き継ぎがスムーズになります。属人的なメモや記憶に依存せず、客観的な記録をもとに判断できる環境が整います。
これにより、「注意喚起を行うのか」「対応を打ち切るのか」「管理者が介入するのか」といった方針の判断基準を統一しやすくなります。
結果として、応対品質のばらつきを抑え、コンタクトセンター全体で一貫性のある対応が行いやすくなります。

発生件数や時間帯、商材別の傾向などを可視化できることで、問題を感覚ではなくデータで把握できるようになります。
例えば、特定の時間帯に特定商材の問い合わせが集中し、強い不満につながっている傾向が見えれば、WebサイトのFAQの改善や事前説明の強化、オペレーター教育の重点化といった対策を講じやすくなります。
対策の優先順位が明確になることで、「発生→対応→振り返り→改善」というサイクルが速く回ります。

記録作業や振り返りにかかる工数が削減されることで、オペレーターは本来注力すべき応対業務に集中しやすくなります。また、管理者の確認作業も効率化します。
ただし、最終判断は人が担う前提を忘れてはなりません。AIはあくまで情報整理と可視化を支援する役割であり、重要案件の見極めや顧客関係の維持といった判断は人が持つことで、過度な自動化によるリスクを抑えられます。

カスハラの内容を分類する過程では、「不満の原因」や「改善すべき声」が整理されていきます。強い言葉の背後にある不満を分解すれば、待ち時間の長さ、説明不足、手続きの煩雑さといった構造的な課題が見えてくることがあります。
これらは本来、VOC分析の対象となる重要なデータです。カスハラ対応のために整備した記録・分類基盤は、そのままVOC分析に使える“素材”にもなります。

カスハラ対策以外のAI活用領域について確認したい方は「コールセンター/コンタクトセンターのAI活用術|拡張性・セキュリティ設計が成功の鍵」をご覧ください。

「カスハラに該当するかどうか」は、グレーなケースが少なくありません。そのため、AIは“補助”として活用し、最終判断・例外処理・監督は人が担う前提で設計することが重要です。
とくに多様な顧客接点を持つコンタクトセンターでは、効率化とリスク管理を両立させる視点が欠かせません。次の注意点を念頭に、AIの導入を検討することが大切です。

AIによる自動検知や分類は有効ですが、中には「誤判定」もあります。本来は重要なVOCである声をカスハラとして扱ってしまえば、炎上や機会損失につながる恐れがあります。逆に、明確な迷惑行為を見逃せば、従業員保護の失敗につながります。
AIの出力はあくまで判断材料の一つと捉え、「最終的にどう扱うか」は組織の責任で決定する必要があります。

コンタクトセンター運用にAIを組み込む際は、役割分担を明確にしておくことが重要です。

 

<役割分担の例>

 

AI

  • 兆候検知
  • 会話の要約
  • 一次分類
  • 傾向の可視化

 

  • 重要案件の見極め
  • 謝罪や補償の判断
  • 対応方針の最終決定
  • 顧客関係の維持・修復

 

この分担が曖昧なままでは、現場がAIの出力に過度に依存したり、逆にAIが活用されなくなったりする恐れがあります。

顧客の表現や社会的なトレンドは変化します。新しい言い回しやクレームの傾向が変われば、検知精度にも影響が出ます。導入後にメンテナンスを行わなければ、徐々に誤検知や見逃しが増え、顧客の不信感を招くでしょう。
AIは「導入して終わり」ではなく、運用の中で継続的に見直す仕組みが必要です。

対応記録を扱う以上、保存期間や閲覧権限、個人情報のマスキング処理、ログ管理などの「運用ルール」を明確に定めておく必要があります。
とくにコンタクトセンターでは、多くのオペレーターや管理者がデータにアクセスする可能性があるため、権限設計や監査体制も含めたガバナンス設計が求められます。

コンタクトセンターにおけるセキュリティ対策については「コールセンター/コンタクトセンターのセキュリティ対策 ― ゼロトラストで備えるAI・クラウド・在宅時代のリスク」をご覧ください。

 強い言葉を使っているからといって、即座にカスハラと断定するのは適切ではありません。その背後に、待ち時間の長さや説明不足、手続きの複雑さといった改善すべき課題が隠れている場合があります。
そのため、「カスハラの疑いがある案件」と分類された案件であっても、VOCとして再整理できる仕組みを用意することが重要です。

AIの精度は、学習データや入力データの質に大きく左右されます。録音品質やネットワーク環境が不十分であったり、システム間の連携が不完全であったりすると、誤検知や見逃しが増える可能性があります。
土台となる録音・音声認識・データ連携の基盤が整っていなければ、AI活用は期待どおりの効果を発揮しにくくなります。コンタクトセンターの全体設計の中で、システム基盤をどう整備するかが前提条件となります。

コンタクトセンターのシステム基盤設計や再構築の考え方については「コールセンター/コンタクトセンターのシステム再構築|運用される設計で失敗を防ぐ」をご覧ください。

AIは、カスハラ対策を完全に自動化するものではありません。検知・記録・分類・分析を自動化し、対策を「改善が回る運用」へと変えるための手段です。
そして、AI任せの運用には注意が必要です。カスハラの誤判定によって重要なVOCを取りこぼすと機会損失や炎上につながり、見逃しがあれば従業員保護にも支障が出ます。最終判断は人が担うという前提で対策することが求められます。


また、カスハラ対策として整備したデータの記録・分類基盤は、そのままVOC分析にも活用できます。別記事「コールセンターのVOC分析方法|顧客満足度を高める分析の基盤とは」で紹介している分析手法やVOC活動の流れをあわせて参照いただくことで、「守り(カスハラ)」と「攻め(VOC)」を回す視点が整理できます。